自分の「恋人」や「夫婦の片割れ」のことを、「相方」と表現。

最初見たときはなんかいいなあ、と思ったけど、
最近過度に見るにつれて、ちょっと気になってきた。

この表現、漫才ブームのせいかもしれないけど、
もっと深い理由があると思う。

特にネット上の表記だからあまり自分を出したくない。
ましてや、自分ではない人のことを表現するには、
「恋人」だの「夫」「妻」といったかっちりしたのには抵抗ある。
また、誰が見てるかわからないから、
そこのところは曖昧にしておきたい、という気持ちもある。

あと、特に「恋人」の場合、別れるかもしれないから、
そうなると、今「恋人」と書くのは重すぎる、とか。

そんなネット上での無意識の効果によって、
「相方」
って表現が増えてるんじゃないかなあ、とか思ったりする。

上にも書いたように、この表現に対する私の考えは、時期と共に変わってきているけど、今は
「本当に好きならば、堂々と「恋人」とかって書いちゃいなよ。気にしないからさ」
と思う。

以上、非常にうがちすぎかもしれないけど、コラムでした。

5倍速

2005年6月21日 日常
普通の人が1年くらいで体験するようなことを、
この2ヶ月ちょいで一気に体験しているから、
疲れてるんだな、俺。と自分で慰め。
切なくて、切なくて。
薬に頼るべき胸の痛みとは違うと思うけど。
思うと、ちょい前にも似たようなことがあった。

ただ、この前とは違うのが、
僕をオンリーワンと認めてくれる人がいることかも。

切なさが、とまらない。

HighSchool Days

2005年6月20日 日常
思うに、例えば高校時代に
もっと部活さぼったり、
お酒飲んだり、
授業抜け出したりと、
堂々とルールを破っていれば、今こんなに悩むことはなかったのかもしれない。

いや、むしろ今、高校時代を再体験していると思えばいいのかも。
本当、最近は目まぐるしく毎日が波瀾万丈と浮き沈みしております。

今の僕の弱さ。大きく2つ。

1。おそらく社会的に間違っていると非難されることをしているという点。
ただ、この覚悟はある程度できていた(この下の日記とかね)。

2。実はライバルがいたという点。
この話が今日出てきてビックリした。

しかも世間一般的な定量的な側面から見た場合(富とか名誉とか)、
相手のほうが、明らかに格が上。
さらに、周りの人もそちらに肩入れ。
なんてドラマティックな展開。
まるでロミオとジュリエット。

では、僕は何が勝てるのか。
今まで自己アピールなんかしたことなく苦手だけど考えてみる。

学歴? そんなの18歳の時に頑張ったってだけじゃん。却下。
しかも、学科レベルまで掘り下げてみたら負けてるし。
ムダ知識?
漫才なノリな空想話?

結局、定量的な面では勝てない。
「想う気持ち」という定性的な面(というか情)での勝負になると思う。
#なんか「101回目のプロポーズ」みたいだw

そうなったときに、上の2つの弱さにくじけずに、
僕は勝つことができるのか。
理路整然と立ち向かう(かもしれない)相手に対して、
感情表現が苦手なオイラが、思いの丈をぶつけることができるのか。

あ、あと、
こういうセンチメンタルな感受性と自己分析、
そして思い悩みながらの言動と、それで過ごしてきた今までの人生。
それが今の僕の武器なのかもしれない。

信じることさ。
倫理的に外れることでも、ルールを破ることになっても、
未来の自分が後悔しないためには、
今したいことを、迷わずに突き進めるようになろうかと。

言うは易し、行うは難し、だけどね。
「のび太君を選んだ君の判断は正しかったと思うよ。あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことの出来る人だ。それが人間にとって大事なことなんだからね。」
(ドラえもん「のび太の結婚前夜」)

自分は「優しい」というより「感受性が強い」気がする。
思うに、人が人を「やさしい」か否かを判定するのは、心の中の動きよりも、言動に対してではなかろうか。

自分の場合、心の中ではその人に対して優しさを抱いたとしても、表に出す言動は冷たかったりする。

薬が見つかった

2005年6月15日
なくなったと思って、数日後に医者に余計にもらったお薬。
たった今、発見しました!

・・・読みかけて会社におきっぱにしていた「R25」の間に挟まってた。なんてこったい(笑)
オイラのことを、「何でも知っている」と思ってる人がいます。
仕事においても、プライベート(ま、そういうサークルでしたしね)においても。

それで尊敬されたり(ありがたいことです)、
知恵袋代わりに使われたり(ありがたかったり、迷惑だったり)
その事を吹聴されたり(迷惑なこってす)
まあ、いろいろです。

で、実際どうかというと、これが著しく、
「興味あることは詳しいけど、興味ないことは全く」なんです。

例えば、ドラえもん。
これは好きだから、かなりカルト的なことまで知っている。
だけど、その事を知った人が「あいつは漫画好き」というと
全然違って、それ以外の漫画は一切興味が無い。
(あと全巻読破したのは「ミスター味っ子」くらいか)

あと、「このジャンルが好きな人は、このジャンルも好き」という
変な傾向付けされることが多い。
良くも悪くも人を裏切ってる私ですが、こんな意味も無い固定観念を
打ち切るのがすごく好き。
もっとも、それゆえに誤解されることもしばしですが。

で、一番多いのが「とにかく何でも知っている」と思われてること。
これが違う。
私の脳みその容量って限界あるし。
特に最近、日常の日本語能力ですら劣ってきてるし(笑)。
「でも、なんか詳しいじゃん」という場合もありますが、
私は「あなたが知りたいことの答えを知っている」のではなく、
「あなたが知りたいことの答えを、どこにあるかを知っている」だけ。
検索能力と、見当つけるのが上手いだけで、
全部を全部知っているわけではないのだよ。
(同様の感じで、某クイズ番組で優勝したことについても、
「周りに詳しい人が沢山いたのと、予想が上手かっただけ」と
説明しておりまする)

だから、「急いでるんだから、早く答えろよ」とか急かさぬように。
俺は答えを知ってるわけでも、ましてや出し惜しみをしているわけでは
ないのだから。
あと、少しは自分でも調べる努力をしろと。
・・・誰に対しての発言なのか、自分でもよくわからない(笑)。
自分の思ったことをネットに表現する場を3つくらい持っているけれど、しっかり使い分けているようで使い分けていないようで。
冷房、ものすごくケチられていた感。
すごく気分が悪かった。。。
理由はよくわからないけど、予想していた(悪い)結果に落ち着いた。
何がその人の機嫌を害したのかはわからない。
正面切って追求されなかった以上は、自分も正面切って追求はしない。
すごく悲しいけど、来るもの拒めず去るもの追えずだから。

ただ、もし何か勘違いをしているのならば、
決して嫌いじゃなかったと。
むしろ、この数ヶ月は気になって惚れて会いたかったんだと。
すごく助けられたんだと。
そして、自分は軽い気持ちなんかじゃなかったのにと。

LikeとLoveは違うし、多くの人と恋したいというのも相手を束縛したいというのもどれも恋愛論であると思う。
1対1の場(実際に面と向かってに限らず、例えばメールとかさ)じゃないと「自分」を出すことができない私だから、複数の場だと呑まれてしまって、何か不快感を与えたのかもしれない。

ま、ここで何を言っても仕方ないのかもしれない。
ただ、こんがらがった糸がほどけたら、
きっとまたいつか会えるだろうと。

ありがとう。楽しかった。

落ち着いた

2005年6月12日
電話あり。
正直、戻れるとは思っていなかったからびっくり。

きっとブランクの期間。すごく苦労させたんだろうなと。
でも、そこで慰労の言葉をかけたりしたら、
それは下手な同情で気分を害させるんだろうなと。

今回悪いのは俺だった。
その罪の十字架は背負っていないと。

補記 その2

2005年6月10日 日常
先月10日の日記に、
「会社で日記のネタを書いたけど、届いてない!」
と書いたけど、その日の深夜に届いてました。

でも、その後何も触れてなかったので、ここでその中身を再録。

−−−−−
結婚について考えてみた。

自分の、じゃなくて、現代日本の一般論として。
日本の未来は先行き不安が多いと言われています。
そんな中、結婚という選択肢を取ることには、
多分昔よりも色々な不安がつきまとうと思うのです。
というわけで、結婚をしたがらない若者が増えているのかと。

加えて、結婚に対しては、やはり女性は男性からの申し出を待っていますが、
対して男性はか弱くなっていき、受け身の人が多いのではなかろうかと。

以上から、現代日本での素でのプロポーズというのは年々減ってきているのでは(推測)。
本当は「もう結婚しちゃってもいいんじゃない」というカップルでも、
踏ん切りがつかないままでいるというケース、結構あると思うのです。

そういうケースにおいて、「できちゃった結婚」というのは、
実はアリなんじゃないかなと思うようになってきました。

ただし、最初にも書いたように、「そういうケース」という前提だからな。
覚悟もないのに、つきあって間もない奴等が、そういう選択をするのはちゃうで。

てか、最近の芸能人(安室以来か?)、堂々とでき婚しすぎ。
やるなら、つけろ(あるいは、つけさせろ)。藤井隆&乙葉を見習え、と。

−−−−−
で、その後、獅堂&結子カップルの中出・・・じゃないやできちゃった婚が
発覚したりとかあって、いろいろびっくり。
やっぱり思いついた話題はすぐに書かないと。
生が、って書くと生々しいからw、鮮度は大事だ。うんうん。

補記

2005年6月10日 日常
> はっきり名指ししなかった貴方の責任だから。
よく考えたら、この言い方自体、はっきり名指ししてないね(笑)。
これは一般論だから、気にしないで。

あと、そういえば、3,4年前
テレビ東京の「愛の貧乏脱出大作戦」を、最初は面白がってみてたのが、
途中から辛くなってきたのは、説教が自分に向けられてると感じて、
それを素直に受け止めてしまっちゃったからだったなあ。と。
思い出したとです。
一般論とか、不特定少数に対して向けられた意見を
自分に対して向けられたって思うのはもうやめようかと。

この30年と反省のしっぱなしだったし、これからもそうだろうけど、
でも、今の自分に自信を持ってもいいんじゃなかろうかと。

それに、その意見の話者が、本当に俺だけに対して言いたいのなら、
それはそれで受け止めるけど、そうじゃなければもう余計な心労はしないぞと。
俺がニブいのではなく、はっきり名指ししなかった貴方の責任だから。

ちょっとズルイけど、ただでさえ感受性が強いのだから、
それくらいはしないと、精神的にホント参っちゃうのよ。
俺の役割ってフォローなんだけど、
かっちょええ役回りだけじゃなくて、嫌なことを伝える貧乏くじ引いた役割を
しないといけないんだろうねえ。

もっと言うと、「これこれをしないとダメですよ」とやんわり諭すんじゃなく
「いついつまでに(期限)これこれをしないとダメ。
 仮にできなかった場合は、こんな事態になる(トラブル対応)」との旨を
しっかりと伝える役割が求められているのかもしれないな。

日常生活で曖昧で小心者のオイラにはとても無理だけど、
ビジネスだから割り切るって気持ちで望むくらいがいいのかもしれない。

うちの部署や会社が嫌われたとしても、
俺という人間が嫌われるのはまた別なんだから。
今のマクドだと、1,000円食べ放題!と言われても、なかなか大変だねえと。

隣の高校生がうるさいうるさい。
椅子の上まで乗って騒ぐなって。

まあ、人のこと言えないときあるけどさ。

帰り、ブックオフ立ち寄り。
草上仁、司城志朗の100円本。そして怪盗ニックを購入。
イノッチの単行本は悩みつつ、見送り。
・変化は確かに必要だが、無理して求める必要も無い。
 今が楽しければ、それに甘えてもいいんじゃないか。

・んで、せっかく良好な人間関係が築けて、それに気付いているのだから、
 その距離感を保つ感じにしたいね。

・というわけで、もらったメール等の返事が特に先週は滞りがちだったから、
 ちゃんとレスしよう >俺
早速短期集中連載を開始しようと思ったけど、
試験問題作りでヘトヘトなので、後日とします。

いやあ、クイズ問題作るのは過去何度とやっているけど、
試験問題を作るのは何年ぶりだろう。
それもそんな得意ではない英語だもんなあ。

ある意味自分のためにもなりましたっす。

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